介護をした人が相続で多くもらえるとは限らない
介護を担った子どもが相続で多くの財産を受け取れるという明確な法律はありません。たとえば、Aさんからこんな相談がありました。
「姉も弟もひどいんです。父の介護を私に押し付けておいて、顔を見せることもほとんどありませんでした。それなのに今になって『財産は法定相続分通りに分ける』と言い出して……。介護をしてもいいと決めた時には『相続の時は多くもらってね』なんて言っていたのに。介護をした人が多く相続できる法律はないんですか?」
Aさんは50代の独身で、姉と弟がいる3人きょうだいです。姉は夫の両親と同居、弟は妻と賃貸マンションで暮らしており、それぞれ独立した生活を送っています。一方、Aさんは親元で生活しながら父親の介護を引き受けました。
残念ながら、日本には介護をした人が相続で多くの財産を受け取れるという明確な法律は存在しません。ですが、介護の貢献が認められるケースもあります。その考え方は「寄与分」という制度に基づいています。
寄与分の認定には他の相続人の同意が必要
「寄与分」とは、被相続人(亡くなった方)の財産の維持や増加に「特別の寄与」をした人が、貢献に応じた相続財産を追加で受け取れる制度です。介護の場合、この「特別の寄与」に該当するには以下の条件を満たす必要があります。
- 無償で介護を行ったこと
- 介護が被相続人の財産の維持または増加に貢献したこと
- 相続財産を増やすほどの大きな貢献だったこと
ただし、この寄与分を認めるかどうかは、他の相続人(Aさんの場合は姉と弟)の同意が必要です。仮に姉と弟が同意しない場合、寄与分を主張するためには家庭裁判所での調停や裁判に進むことになります。
親の介護をめぐる相続トラブル
Aさんが「介護した分を多く相続したい」と主張しても、姉と弟には異なる見解があるかもしれません。
「父が倒れた時、Aが『会社を辞めて面倒を見る』と言ってくれて助かりました。でも、父は全く動けなかったわけではないし、デイサービスを利用していたので、Aの負担がそれほど大きいとは思えません。むしろ、Aはずっと親元で生活していて、貯金や退職金も持っています。私たちは独立して親に頼らずやってきたので、法定相続分通りが公平だと思っています。」
こうした家族間の意見の食い違いは、親の介護をめぐる相続でよく見られる問題です。
裁判所での寄与分の認定はハードルが高い
もしAさんが寄与分を主張し、調停や裁判に進む場合でも、その認定には高いハードルがあります。裁判所が寄与分を認めるためには、次の条件を満たす必要があります。
- 親族として通常期待される範囲を超える貢献であること
- 証拠を用意して寄与行為を具体的に立証すること
たとえば、介護に専念するために仕事を辞め、ヘルパーも使わずに完全に無償で介護を行った場合などがこれに該当します。しかし、裁判所が認めた場合でも、期待するほどの金額を受け取れるとは限りません。過去の判例では、重度の認知症患者を10年以上介護した場合でも、1日あたり数千円程度の寄与分が認められるに留まることがありました。
令和元年の改正で導入された「特別寄与料」
2019年の相続法改正により、相続人以外の親族(例:長男の妻など)が無償で被相続人を介護した場合、相続人に対して「特別寄与料」を請求できる制度が導入されました。ただし、この制度も寄与分と同様に、他の相続人との話し合いや調停を経る必要があり、簡単に認められるものではありません。
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介護を引き受けた分、遺産を多く受け取るための方法
Aさん一家のケースを見て、皆さんはどう感じましたか?
どちらの言い分にもそれぞれ納得できる部分がありますが、こういった場合、話し合いで円満に解決するのは非常に難しくなります。この問題の根本は、Aさんが介護を引き受ける際に、「相続でどのくらい多くもらうか」を明確に決めておらず、またそれを口約束で済ませてしまった点にあります。
ここでは、介護を担った人が自身の権利を守り、遺産を多く受け取るための具体的な方法を解説します。
遺言書を書いてもらう
介護は人生を左右する大きな責任を伴う役割です。それを引き受ける際には、将来の相続について曖昧にせず、被相続人(親)に遺言書を用意してもらうことが非常に重要です。遺言書があれば、基本的にはその内容に従って遺産分割が行われるため、他の兄弟が後から異議を唱える余地はほとんどありません。
「父親に遺言書を書いてほしい」と伝えるのは気が引けるかもしれませんが、相続時にトラブルが起きれば、家族関係に深刻な亀裂を生む可能性があります。Aさんの場合も、適切な準備をしていれば、介護後に姉弟との関係が悪化する事態を避けられたかもしれません。
親に対して「自分の責任として遺言書を残してほしい」と伝えることは、将来的なトラブル回避に向けた重要なステップです。
生前贈与を活用する
相続に先立って、親から財産の一部を生前贈与してもらう方法も有効です。特に、「特別受益の持ち戻し免除の意思表示」を親にしてもらえば、贈与された財産は遺産分割時に他の相続人と調整されず、単独で受け取ることができます。
通常、生前贈与を受けた財産は「特別受益」として相続時に全体の財産に持ち戻され、他の相続人とのバランスを調整します。しかし、親が「持ち戻しを免除する」と意思表示をすれば、贈与された財産はそのまま受け取ることができるのです。
こうした方法を活用すれば、介護を引き受けた人が他の兄弟より多くの財産を受け取ることが可能です。
負担付死因贈与契約を結ぶ
負担付死因贈与契約とは、「贈与を受ける代わりに、特定の義務を果たす」という条件付きの贈与契約です。介護の場合であれば、「私が亡くなるまで介護してくれることを条件に、金○○円を贈与する」という形で契約を結ぶことができます。
この契約には、遺言書と異なるいくつかのメリットがあります。
当事者双方の合意が必要
遺言書は被相続人の一方的な意思で変更できますが、負担付死因贈与契約は契約であるため、一方的な変更ができません。これにより、介護を引き受けた側も安心です。
生前の明確な合意
契約内容が明確に定められるため、後から相続人同士で揉めるリスクが減ります。
ただし、この方法には税制上のデメリットもあります。不動産取得税や登録免許税が通常の相続より高額になるほか、贈与税ではなく相続税の対象となります。事前に弁護士に相談し、負担を見極めることが大切です。
介護に伴う「通帳の管理」がもめごとの火種に
介護に関連してよく問題になるのが「通帳の管理」です。親が要介護状態になると、日常生活費や介護費用を捻出するため、通帳からの現金の出し入れを介護を担当する家族が行うケースが多く見られます。しかし、このような状況が相続の際にトラブルの原因となることがあります。
たとえば、介護費用や親の生活費として通帳からお金を下ろして使っていた場合、他の家族から「親のお金を勝手に使ったのではないか」と疑われることもあります。こうした誤解を防ぐために、介護専用の通帳を作り、何に使ったのかを明確に記録しておくことが重要です。透明性のある管理を心がけることで、相続時のトラブルを未然に防ぐことができます。
まとめ
介護を担った家族と、そうでない家族とでは、感じる負担や犠牲の度合いが大きく異なります。この違いが相続時の争いを引き起こしやすいのです。Aさん一家のケースは決して特別な例ではなく、多くの家庭で似たような問題が発生しています。
介護の負担だけでなく、相続でもめるのは非常につらいものです。そんな事態を避けるためにも、事前に適切な対策を講じることが大切です。もし、「相続でもめそう」と感じたら、早めに弁護士に相談することをおすすめします。専門家に相談することで、法的に有効な解決策を見つけることができ、家族間のトラブルを最小限に抑えることができます。
(この記事は2023年9月1日時点の情報に基づいています。)
介護と相続の問題は、感情的にも法的にも複雑な要素が絡むため、解決が難しくなることが多いです。介護用の通帳を作成して透明性を確保する、事前に相続に関する取り決めを行う、専門家に相談するなど、トラブルを回避するための準備を怠らないようにしましょう。
相続で後悔しないために、まずは弁護士への無料相談を活用してみてください。 早めの対策が、家族の円満な関係を守るための第一歩です。