遺留分減殺請求とは
「遺留分減殺請求(いりゅうぶんげんさいせいきゅう)」は、相続人が法的に保障されている最低限の遺産、つまり遺留分を守るために行う請求です。旧民法ではこの制度が「遺留分減殺請求」と呼ばれていましたが、現行民法では「遺留分侵害額請求」に改められています。
遺留分とは
遺留分とは、相続人が相続できる財産の最低限の保障額です。これは兄弟姉妹以外の相続人に認められており(民法1042条1項)、相続人の経済的な期待を一定程度保護することを目的としています。
遺言書や生前贈与により、被相続人(亡くなった方)は、自分の財産を自由に処分する権利を持っています。そのため、特定の相続人に多くの財産を与えたり、ある相続人には全く財産を与えないことも可能です。
しかし、相続を期待していた相続人が、遺産をほとんど受け取れない場合、生活計画が大きく狂ってしまう可能性があります。そこで、民法では被相続人の意思と相続人の期待のバランスを保つために、兄弟姉妹以外の相続人に対して遺留分を保障し、相続できる財産の最低額を設定しています。相続人ごとの遺留分の割合については、図「相続人ごとの遺留分割合」を参考にしてください。
遺留分減殺請求は旧民法の制度
「遺留分減殺請求」は、相続人が遺留分に満たない財産しか受け取れなかった場合に、より多くの遺産を受け取った人に対して行う請求です。
ただし、これは旧民法の制度であり、現行の民法では「遺留分侵害額請求」として新たに定義されています。被相続人が2019年6月30日以前に亡くなった場合は「遺留分減殺請求」を、2019年7月1日以降に亡くなった場合は「遺留分侵害額請求」を行うことができます。
次の項目では、「遺留分減殺請求」と「遺留分侵害額請求」の違いについて詳しく解説します。
遺留分減殺請求と遺留分侵害額請求の違い
旧民法の「遺留分減殺請求」と現行民法の「遺留分侵害額請求」には、主に以下の2つの点で違いがあります。
- 財産自体を返還させるか、金銭で補償を受けるか
- 遺留分の基礎となる特別受益(生前贈与)の範囲の違い
財産の返還か、金銭での補償か
「遺留分減殺請求」は、財産そのものを返還させる請求である一方、「遺留分侵害額請求」は金銭による補償を求める請求です。
以下の事例を使って、この違いを詳しく解説します。
ある男性が亡くなり、相続開始時点で1億円の不動産と2000万円の預貯金を所有していたとします。他の遺産や生前贈与はなく、相続人は子Aと子Bの2人です。Aが不動産を、Bが預貯金を全て相続しました。この場合、AとBの遺留分はそれぞれ3000万円(=1億2000万円×2分の1×2分の1)です。Bは預貯金しか相続していないため、1000万円分の遺留分侵害が発生しています。
遺留分減殺請求の場合
遺留分減殺請求では、対象となる財産そのものを返還することが求められます。上記の事例でBがAに対して不動産に関して遺留分減殺請求を行うと、Bは不動産の1億円に対して1000万円分、すなわち1/10の共有持分を取得します。この結果、不動産はAとBで9対1の共有状態となります。
遺留分侵害額請求の場合
これに対して、遺留分侵害額請求では、遺留分に満たない差額を金銭で補償することを求めます。事例では、BがAに対して1000万円の支払いを請求します。この場合、Aは不動産の完全な所有権を保持したままで、共有状態は発生しません。
特別受益(生前贈与)の範囲の違い
遺留分減殺請求が遺留分侵害額請求に改正された際、生前贈与の扱いも変更されました。
旧民法(遺留分減殺請求)では、相続人が受けた生前贈与はその時期を問わず、遺留分の計算に含まれていました。しかし現行民法(遺留分侵害額請求)では、相続開始前の10年間に受けた生前贈与のみが遺留分計算の基礎に含まれるように変更されています。
遺留分減殺請求から遺留分侵害額請求への改正理由
遺留分減殺請求(財産の返還)が遺留分侵害額請求(金銭による補償)に改められた背景には、以下の2つの主な理由があります。
- 共有関係の発生を防ぐため
- 亡くなった方の意思を尊重するため
共有関係の発生を防ぐため
遺留分減殺請求では、請求によって発生する共有関係がトラブルの原因となりやすいという問題が指摘されていました。特に不動産の場合、共有関係が発生すると、共有者全員の同意がなければ処分ができないため、スムーズな活用が難しくなることがあります。また、事業用不動産が共有状態になると、事業に支障をきたすリスクもあります。
遺留分侵害額請求では金銭で解決するため、共有関係が発生せず、こうしたトラブルのリスクを避けることができます。
亡くなった人の意思を尊重するため
相続は、基本的に亡くなった人の意思を尊重すべきものです。遺留分権利者の権利を守る必要がある一方で、亡くなった人が決めた財産配分を極力変更しない方法を選ぶことが適切です。
遺留分減殺請求は財産そのものの返還を求めますが、遺留分侵害額請求では金銭による精算が行われるため、相続財産の権利関係に与える影響が少なく、亡くなった人の意思をより尊重することができます。
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遺留分侵害額請求の手続き
2019年7月1日以降の相続において、遺留分が侵害された場合は「遺留分侵害額請求」を行うことになります。この手続きの流れは以下の通りです。複雑な部分もあるため、疑問があれば弁護士にご相談ください。
遺留分侵害額の計算
まずは、以下の計算式を使って遺留分侵害額を算出します。
遺留分侵害額 = 遺留分額 - 実際に取得した財産額
遺留分額 = 基礎財産額 × 遺留分割合
- 基礎財産:相続財産、遺贈された財産、相続開始前10年(相続人以外は1年)に贈与された財産から相続債務を差し引いた総額
- 遺留分割合:法定相続分の2分の1(直系尊属のみの場合は3分の1)
請求の相手方の特定
遺留分額を超える財産を取得した相手が、遺留分侵害額請求の対象となります。遺贈を受けた人が贈与を受けた人より優先され、贈与を受けた人の間では後に贈与を受けた人が優先です。複数の相手がいる場合は、金額に応じて按分して請求します。
請求書の送付
請求書は、内容証明郵便などで相手方に送付します。相手から返答があれば、金額や支払方法について協議し、合意ができたらその内容を文書でまとめ、精算を行います。
調停の申し立て
協議で合意に至らない場合は、家庭裁判所に遺留分侵害額請求調停を申し立てます。調停委員が仲介し、合意による解決を目指します。
訴訟の提起
調停が不成立の場合、地方裁判所(請求額が140万円以下の場合は簡易裁判所)に訴訟を提起します。遺留分侵害額の請求が立証されれば、裁判所が相手に支払いを命じる判決を下します。
よくある質問
Q. 遺留分侵害額請求には時効がありますか?
遺留分侵害額請求は、相続開始や遺留分を侵害する贈与や遺贈を知った時から1年で時効にかかります(民法1048条)。時効が成立する前に、内容証明郵便の送付や訴訟提起で時効を止めることが可能です。早めに弁護士に相談しましょう。
Q. 遺留分侵害額請求をする際、誰に相談すれば良いですか?
弁護士は、請求額に関わらず遺留分侵害額請求を全面的にサポートしてくれます。認定司法書士に依頼できるのは請求額が140万円以下の場合のみです。遺留分侵害が疑われる場合は、弁護士にご相談ください。
(この記事は2023年10月1日時点の情報に基づいています。)
遺留分減殺請求は旧制度であり、現行法では遺留分侵害額請求に変更されました。この新しい制度は、以前より使いやすいものになっていますが、手続きには専門的な知識が必要です。疑問があれば、早めに弁護士に相談し、適切なアドバイスを受けましょう。