相続放棄の熟慮期間とは
相続の開始から3カ月以内に選択が必要
相続人は、自己に相続が開始したことを知った日から3カ月以内に、相続放棄を選択しなければなりません。この3カ月の期間を「熟慮期間」と言い、相続人は次のいずれかの選択をする必要があります:単純承認、相続放棄、または限定承認。
この熟慮期間を過ぎてしまうと、相続放棄は受け付けられず、債務を含めたすべての財産を相続する「単純承認」をしたとみなされます(民法第921条第2号)。
「自己に相続の開始があったことを知った時」とは、通常、被相続人の死亡を知った時を指します。そのため、被相続人の死亡を知らなかった場合、死亡から3カ月が経過していても、相続放棄の申請を家庭裁判所で受け付けてもらえることがあります。
熟慮期間の延長の可能性
相続財産の調査が間に合わず、3カ月以内に相続するか放棄するかの判断ができない場合、家庭裁判所に申立てることで熟慮期間の延長を求めることができます。延長期間には具体的な規定はありませんが、通常は1~3カ月程度とされています。延長期間は、延長を要する事情に応じて異なる場合があります。
なお、期間延長の申立ては、元の熟慮期間内に行う必要があり、一人の相続人の期間が延長されても、他の相続人の熟慮期間には影響しません。
熟慮期間経過後に相続放棄が認められる条件
被相続人が亡くなったことを知ってから3カ月が経過した後に、初めて被相続人の借金が判明するケースは少なくありません。この場合、原則として相続放棄はできません。
しかし、判例(最高裁判決昭和59年4月27日)は、「被相続人に相続財産が全くないと信じ、またその信じる理由が相当である場合、熟慮期間は相続人が相続財産の存在を認識した時点から計算すべき」としています。
つまり、例外的に相続放棄が認められる余地があるということです。
この要件をまとめると次の通りです:
- 被相続人に相続財産が全くないと信じたこと。
- 相続財産の有無の調査が著しく困難な事情があり、1のように信じることが合理的である場合。
これらの要件を満たす場合でも、相続財産の存在を知った日から3カ月以内に相続放棄を行う必要があります。
なお、「全く相続財産がないと信じた場合に限られるのか(限定説)」、または「一部の財産を知っていたが、通常その情報があれば放棄するはずの債務がないと信じた場合も含まれるか(非限定説)」については、裁判所によって解釈が異なります。そのため、一部の財産を知っていたとしても、必ずしも相続放棄を諦める必要はありません。
相続放棄の「上申書」とは
熟慮期間後の相続放棄を認められるための事情説明書
「上申書」は、相続放棄を例外的に認めてもらうための具体的な事情を記載した書類です。正式な名称があるわけではなく、「事情説明書」とも呼ばれることがあります。
3カ月以内に相続放棄をする場合は、裁判所のホームページで公開されている相続放棄申述書のフォーマットに従って作成し、提出すればよいので、通常は上申書を添付する必要はありません。
しかし、3カ月の熟慮期間が過ぎた後に相続放棄をする場合は、判例に基づく理由(例:相続財産が全く存在しないと信じた事情や、相続財産の調査が困難だった事情)を詳しく記載した上申書を添付し、その例外的な理由を明確に説明する必要があります。また、被相続人の死亡を知るのが遅れた場合(例:被相続人と疎遠だったなど)、その理由も上申書に書いておくと良いでしょう。
上申書の書き方
上申書には、判例(最高裁判決昭和59年4月27日)に基づき、被相続人に相続財産が全くないと信じた理由や、相続財産の有無の調査が困難であった理由を、具体的な事情をもとに説得力を持たせて記載します。
例えば、「被相続人が生活保護を受けていたため相続財産がないと信じた」や、「調査を行ったが相続財産が見つからなかったため」などの理由が考えられます。また、調査が困難だった理由としては、「被相続人が行方不明であったため」や「被相続人と相続人が疎遠で、生活状況が分からなかったため」などが考えられます。
上申書の分量はA4サイズ1枚程度で十分です。
上申書作成時の注意点
上申書に記載した事情説明が不十分で相続放棄の申述が受理されなかった場合、再提出は認められません。そのため、家庭裁判所に確実に相続放棄の申述を受理してもらうために、内容をしっかりと検討してから上申書を作成・提出することが重要です。もし相続放棄の申述が不受理となった場合には、高等裁判所への即時抗告という形で不服を申し立てることが可能です。
上申書の文例
疎遠だった父親の死亡から約1年後に貸金業者から借金の請求を受けたことをきっかけに相続放棄を行う場合の文例を以下に示します。
熟慮期間後の相続放棄を弁護士に相談するメリット
弁護士に相談することで、法律や判例に基づいた説得力のある説明を通じて、相続放棄の申述を例外的に受理してもらうための強力なサポートが得られます。これにより、相続放棄が認められる可能性が高まります。
相続人自身で上申書を作成するのは時間と労力がかかるうえ、法的な知識が必要となるため手間が増えます。しかし、弁護士に依頼すれば、そのような手間を省き、迅速に対応することが可能です。特に、相続放棄の熟慮期間である3カ月を過ぎている場合は、自己対応だと不受理のリスクが高まるため、専門家である弁護士に相談して手続きを進めることが重要です。
まとめ
被相続人の死亡を知ってから3カ月を過ぎている場合に相続放棄をする際は、説得力のある上申書(事情説明書)を添付することが求められます。相続放棄の申述を家庭裁判所で受理してもらうには、専門家の助けを借りる方がより確実です。相続放棄を考えたら、早めに弁護士に相談することを強くおすすめします。