認知症の相続人がいると遺産分割協議ができないケースが多い
遺産分割協議は、相続人全員の合意によって遺産の分け方を決める重要な手続きです。しかし、相続人の中に認知症の方がいて意思能力が十分でないと判断される場合、その協議自体が成立しません。
民法第3条の2では「意思能力のない者の法律行為は無効」と定められており、認知症が進行している方が協議に参加しても、その内容は無効となる可能性があります。
このような状況では、預金の解約や不動産の登記など、相続手続きが一切進められず、他の相続人も財産を受け取れなくなってしまいます。
遺産分割協議ができないと相続税申告にも影響が出る
相続税の申告期限は、被相続人が亡くなった日の翌日から10か月以内です。認知症の相続人がいて遺産分割協議ができないまま申告期限を迎えると、分割内容が決まらないまま「未分割」の状態で申告しなければなりません。
税務上、「誰がどの財産を取得するか」が確定していない状態では、多くの相続税の特例を使うことができず、結果的に税負担が増加することがあります。
未分割で申告すると特例が使えないリスク
小規模宅地等の特例が使えない
小規模宅地等の特例を使えば、自宅などの土地評価額を最大80%減額できますが、これは「誰がその宅地を取得するか」が明確である必要があります。未分割の状態ではこの要件を満たせず、特例を適用できません。
配偶者の税額軽減が受けられない
配偶者は、1億6,000万円または法定相続分のいずれか多い額まで相続税が非課税となります。しかし、分割されていなければ、配偶者がどの財産を取得するかが不明なため、この特例も適用できません。
※ただし、3年以内に遺産分割を行い、再申告することで特例を適用することは可能です。その際は「申告期限後3年以内の分割見込書」の提出が必要です。
相続税シミュレーション:特例の有無で税額は大きく変わる
ケース例
- 財産総額:土地1億円+その他3,000万円
- 相続人:配偶者と子2人
- 遺言なし、配偶者が認知症、後見人未選任
結果の比較
- 特例適用あり:相続税10万円
- 特例適用なし(未分割):相続税1,135万円
その差は1,125万円。認知症の影響で手続きが遅れた結果、納税額が大きく変わることがわかります。
成年後見制度の利用と注意点
認知症の相続人がいる場合、成年後見制度を使うことで遺産分割協議を進められます。家庭裁判所に申し立てを行い、成年後見人が選任されれば、本人に代わって協議に参加できます。
注意点①:遺産分割内容が制限される
後見人は、本人の利益を最優先に行動する義務があります。そのため、法定相続分より少ない取り分になるような協議内容には原則として同意しません。税務上有利な分割や柔軟な調整が困難になる可能性があります。
注意点②:費用と手間がかかる
後見人が専門職(弁護士や司法書士)の場合、月額2〜6万円の報酬が発生します。また、家庭裁判所への定期的な報告義務、財産の管理制限など、家族にとっても大きな負担となります。
認知症の推定相続人がいるなら生前の準備を
認知症の相続人がいる場合は、事前の対策が非常に重要です。以下の方法を活用することで、相続トラブルや手続きの停滞を防ぐことができます。
遺言書の作成
元気なうちに有効な遺言書(公正証書遺言など)を作成しておけば、遺産分割協議が不要となり、スムーズな相続が可能になります。
家族信託の活用
家族信託を使えば、財産の管理・承継先をあらかじめ指定できるため、認知症になっても柔軟に財産を動かすことができます。成年後見制度よりも自由度が高いことが特長です。
事前の話し合いと財産目録の作成
認知症が進行する前に、家族で将来の相続について話し合っておきましょう。財産の分け方や想いを共有しておくことで、トラブルを防げます。
財産の整理
不動産の処分・贈与や、預金の集約なども有効です。認知症になった後では手続きが難しくなるため、意思能力のあるうちに対応しておくことが大切です。
まとめ・認知症と相続のリスクに備えよう
相続人に認知症の方がいると、遺産分割や相続税申告、資産の管理が非常に複雑になります。特例の適用漏れによる税負担や、後見制度による手続きの煩雑化など、家族にとって多くの負担が発生します。
だからこそ、元気なうちからの備えが不可欠です。当事務所では、遺言・家族信託・後見制度の活用など、状況に応じた相続対策をご提案しています。相続に不安がある方は、ぜひ一度ご相談ください。