遺産相続時における節税対策の基本や手続きをわかりやすく解説。相続税の負担を軽減し、スムーズな相続を実現するためのポイントを弁護士が紹介します。
相続対策とは
相続税の節税を目的とした対策
相続税対策とは、相続税を軽減するための施策を指します。遺産の正味額が基礎控除額(「3000万円+600万円×法定相続人の数」)を超えると、その超過部分が課税対象となります。相続税額は遺産の評価額によって決まるため、生前に財産を減らすことで、相続税も抑えることが可能です。さらに、相続税の納税資金を事前に準備しておくと、いざという時も安心です。
相続税対策のポイント
相続税対策で押さえておきたいポイントは、以下の4つです。
- 相続税の課税対象となる財産を減らす
- 財産の評価額を下げる
- 税負担軽減制度を活用する
- 納税資金を事前に準備する
次に、具体的な対策について詳しく見ていきましょう。
生前にしておくべき相続税対策9選
以下のような相続税対策があります。
- 年間110万円まで非課税で行える暦年贈与を活用する
- 特例を利用して贈与税がかからない形で贈与する
- 相続税がかからない生命保険を契約する
- 不動産を有効活用する
- 親子で同居する
- 墓地や仏具を生前に購入して遺産総額を減らす
- 配偶者に居住用不動産を贈与する
- 相続時精算課税制度を利用して贈与する
- 養子縁組を行う
これらの方法を実践することで、相続財産を減らし、相続税の負担を軽減できます。
相続税対策① 暦年贈与を活用する
贈与税には「暦年課税制度」と「相続時精算課税制度」の2つがあります。一般的に広く利用されているのは暦年課税制度です。暦年課税制度では、年間110万円以下の贈与に対しては贈与税がかかりません。110万円を超えた場合でも、18歳以上の受贈者が親や祖父母から贈与を受けた場合、贈与税は軽減されます。
この制度を活用し、毎年少額を子や孫に贈与することで、時間をかけて相続財産を減らし、最終的に相続税を減らすことが可能です。ただし、贈与者が亡くなる前7年間に贈与された財産は、相続財産に加算される点に注意が必要です。この加算対象期間は、2024年以降段階的に延長され、2031年には完全に7年間となります。
相続税対策② 特例を利用して贈与する
一度に多額の財産を贈与すると、贈与税がかかりますが、以下の特例を活用することで、一定額まで非課税で贈与が可能です。
- 教育資金贈与の非課税措置(上限1500万円)
- 結婚・子育て資金贈与の非課税措置(上限1000万円)
- 住宅取得資金贈与の非課税措置(上限1000万円)
これらの特例は、暦年贈与と併用できるため、より効果的に相続財産を減らすことができます。ただし、特例の適用には期限があるため、早めの計画が重要です。
相続税対策③ 相続税がかからない生命保険の活用
生命保険金には「500万円×法定相続人の数」まで相続税がかからない非課税枠があります。相続人を受取人とする生命保険を契約すれば、その枠内でお金を遺すことができ、相続税の納税資金にも充てることが可能です。ただし、保険契約において「保険料の負担者=被相続人」「受取人=相続人」という条件を満たしている必要があり、相続放棄をした場合にはこの非課税枠は適用されません。
相続税対策④ 不動産を活用する
更地や空き家を収益物件として活用することで、相続税の節税が可能です。賃貸アパートやマンションは自宅や別荘よりも評価額が低く設定され、相続税負担を軽減できます。これは、賃貸物件は自由に使えないことが評価額に反映されるためです。
自分の土地に賃貸物件を建て、他者に貸している場合、その土地は「貸家建付地」と呼ばれます。この貸家建付地や貸家の評価額は、通常の土地よりも低く設定されるため、相続税評価額の引き下げにつながります。
また、「小規模宅地等の特例」を利用すると、賃貸事業用の土地については200㎡まで50%の評価減が可能です。この特例を利用するには、相続税の申告が必要です。
注意すべき点として、賃貸物件に空室があるとその分の評価額が上がり、収入が減少する可能性があることや、賃貸収入が預貯金として蓄積されると、相続財産が増えるリスクがあることです。
相続税対策⑤ 親子で同居する
自宅の不動産を相続する際、「小規模宅地等の特例」を活用すると、330㎡までの評価額を最大80%減額することができます。この特例は以下の条件を満たす相続人が適用対象です。
- 被相続人の配偶者
- 被相続人と同居していた親族
- 被相続人の別居している親族(ただし、持ち家に住んだことがないなどの厳しい条件あり)
同居していた親族が自宅を相続する場合、特例を活用することで相続税評価額を大幅に下げることができます。ただし、親子で同居を始めたとしても、価値観の違いから生活上のトラブルが発生する可能性がある点にも注意が必要です。また、相続税がゼロであっても申告は必要であり、申告が完了するまで不動産の売却はできません。
相続税対策⑥ 墓地や仏具を生前に購入して相続財産を減らす
墓地や仏壇、仏具などの祭祀財産には相続税がかかりません。生前にこれらを購入しておくことで、相続財産を減らし、結果として相続税を抑えることができます。
ただし、祭祀財産が投資目的で購入された場合には相続税が課される可能性があること、また、購入時にローンを組んでもその債務は相続税の控除対象とはならない点に注意が必要です。
相続税対策⑦ 配偶者に居住用不動産を贈与する
結婚して20年以上経過した配偶者に、自宅や居住用不動産の購入資金を贈与する場合、2000万円まで贈与税が非課税となります。この制度を活用して生前に配偶者に不動産を贈与することで、相続財産を減らすことができます。
ただし、実際には配偶者の税額軽減制度や「小規模宅地等の特例」を使う方が、節税効果が大きくなることもあります。また、不動産取得税などの費用も考慮する必要があります。
相続税対策⑧ 相続時精算課税制度で贈与する
将来的に値上がりが見込まれる不動産や株式がある場合、相続時精算課税制度を活用して贈与することが有効です。この制度では、累計2500万円までの贈与が非課税となります。
相続時精算課税制度で贈与した財産は、相続税の対象となりますが、相続時の評価額ではなく、贈与時の評価額が基準となります。したがって、値上がりが予想される資産を早めに贈与することで、相続税を抑えることが可能です。
2024年1月からは、この制度に年間110万円の基礎控除が加わり、贈与税も相続税も非課税となる部分が拡大されます。この110万円の非課税枠は、死亡直前に贈与された財産にも適用され、相続財産への加算対象にはなりません。
ただし、次の点に注意が必要です。
- 値上がりが見込まれる資産でなければ、節税効果は期待できません。
- 年間110万円を超える贈与には、必ず期限内に申告が必要です。
- 相続時精算課税制度を選択すると、以降は暦年課税制度を利用できなくなります。
相続税対策⑨ 養子縁組を活用する
相続税の基礎控除額や死亡保険金の非課税枠は、法定相続人の数によって増減します。法定相続人が多いほど、控除額が増え、相続税の負担を軽減できます。そのため、養子縁組をすることで法定相続人の数を増やし、相続税の節税対策として有効に活用することができます。
ただし、養子縁組でカウントされる法定相続人の数には上限があり、実子がいる場合、養子は2人までしか法定相続人として認められません。また、孫を養子にした場合、相続税は通常の2割増しとなるため、節税目的だけで養子縁組を行う際には注意が必要です。また、養子縁組にあたっては、子どもとなる人の感情にも十分配慮することが大切です。
相続税対策の注意点
相続税対策を行う際には、次のような点に注意する必要があります。
過度な節税にはリスクがある
過度な節税対策は、否定されるリスクがあります。たとえば、2022年4月の最高裁判決では、納税者が計算した相続税評価額が国税庁によって否定され、より高い評価額が認められました。
相続財産は、原則として国税庁が定める「財産評価基本通達」に基づいて評価されますが、評価額が著しく低い場合、国税庁の判断でより高い評価方法が適用されることがあります。このようなケースは稀ですが、「やりすぎ節税」には注意が必要です。
また、賃貸マンションの相続税評価額についても、国税庁は2024年1月以降、新たなルールを適用します。これにより、マンション1室の相続税評価額は、最低でも時価の6割に引き上げられることになります。
老後資金とのバランスを考える
相続税対策の多くは資金の支出を伴います。過度に対策を進めてしまうと、老後の生活資金が不足し、生活が困難になるリスクもあります。また、相続税がかからないのに、焦りや不安から不要な対策に資金を投じてしまうケースも見受けられます。
まずは、相続税がかかるかどうかを試算することが大切です。相続税がかからない場合は、無理に対策をする必要はありません。仮に対策が必要な場合でも、老後の生活資金とのバランスをしっかり考慮しながら進めると、安心して対策を講じることができます。
家族のトラブルを防ぐ「争族」対策も重要
相続税対策だけでなく、円滑に相続を進めるためには「争族対策」も欠かせません。争族対策とは、相続に伴う家族間の争いを未然に防ぐための措置です。不動産のように分割しにくい財産があったり、もともと家族間の関係が良好でない場合、遺産分割で争いが起こりやすくなります。ここでは、具体的な争族対策について解説します。
争族対策① 遺言書の作成
遺言書を作成し、財産を誰にどのように分配するかを明確にしておくことで、遺産分割協議が不要になります。名義変更だけで相続手続きが済むため、相続人の負担を軽減できます。ただし、全てを平等に分配することは難しい場合もあるため、遺言書に付言事項として「なぜその相続人に財産を引き継がせたいのか」を記載しておくと、家族間の理解を深める助けになります。
争族対策② 生前のコミュニケーション
日本では、死に関する話題を避ける傾向がありますが、死は誰にでも訪れるものであり、いつ起こるか予測できません。相続について話し合うことを避けてしまうと、後に遺産分割で家族間の争いが起きる可能性があります。生前のうちに家族と話し合い、各自の意向や希望を確認し合うことで、相続後のトラブルを未然に防ぐことができます。
争族対策③ 相続財産の一覧を作成
相続が発生した際には、遺言書の有無を確認し、相続人と財産を調査する必要がありますが、特に財産の調査は時間と手間がかかります。亡くなった方の遺品や郵便物から相続財産を探し出すことになりますが、それでも全てを把握できないこともあります。また、デジタル資産(オンラインバンクや証券)も見落としがちです。事前に財産一覧を作成しておくことで、相続手続きがスムーズに進み、家族の負担を軽減できます。
争族対策④ 生命保険を活用し、特定の相続人に分配
生命保険金は、相続財産が分割しにくい場合にも有効です。不動産や自社株などは共有すると相続人間でトラブルになる可能性が高く、特定の人に引き継がせると他の相続人の不満が生じる場合もあります。こうした場合には、特定の相続人が不動産などを引き継ぎ、他の相続人に生命保険金を受け取らせることで、不満が軽減されます。また、生命保険を活用することで、代償分割を行う際の資金調達も容易になります。
争族対策⑤ 分けにくい財産を生前に処分
不動産や高級車などの分割しにくい財産は、生前に売却して現金化することで、相続時の争いを防ぐことができます。現金であれば、遺産分割もスムーズに進めることができますし、相続税の納税資金としても役立ちます。ただし、現金化すると評価額が高くなり、相続税が増える可能性があるため、その点も考慮する必要があります。
相続税対策や争族対策は、それぞれの家庭の状況によって異なります。安易に対策を講じると、後々トラブルが生じることもあります。「どのような相続対策が最適か」を悩んだ場合は、相続に強い弁護士に相談することが安心です。