遺産分割協議書に署名・押印をして遺産分割が実行された後で、他の相続人に騙されていたことに気づいた場合、どのように対処すべきでしょうか? 遺産分割に関する意思表示は、「錯誤」または「詐欺」を理由に取り消すことが可能な場合があります。今回は、遺産分割に関する意思表示を取り消すための条件や手続き、取り消しの期限について、弁護士が詳しく解説します。
1. 結論:遺産分割協議で騙された場合、意思表示の取り消しが可能です
遺産分割協議は、すべての相続人や包括受遺者の合意に基づいて成立します。しかし、相続人が重大な誤解をしていたり、他の相続人に騙されていたりする場合、その遺産分割に関する意思表示を取り消すことができます。
もし遺産分割協議で「騙された」と感じた場合は、諦める前に一度弁護士に相談してみることをおすすめします。
2. 錯誤・詐欺があれば取り消し可能
遺産分割の意思表示は、「錯誤」(民法第95条第1項)または「詐欺」(民法第96条第1項)に該当する場合、取り消すことができます。(なお、「強迫」に該当する場合も取り消しが可能ですが、今回は割愛します。)
- 錯誤: 遺産分割の内容について重要な誤解があり、その誤解に基づいて意思表示が行われたこと。
- 詐欺: 他の相続人が嘘をつき、その誤信に基づいて意思表示が行われたこと。
3. 相続でよくある「嘘」の具体例
遺産分割協議の際、協議を有利に進めるために相続人が「嘘」をつくことがあります。この嘘によって、騙されて遺産分割に同意した場合、錯誤や詐欺に該当することが多いです。
以下のようなよくある嘘に注意し、もしこれらを信じて遺産分割に同意してしまった場合は、錯誤または詐欺を理由に取り消しを主張することができます。
3-1. 遺産の隠匿
遺産を管理する相続人が、預金口座や金庫の存在を隠し、自分の利益にするために遺産の一部を隠すことがあります。この場合、遺産の全体像が正しく把握できないため、適正な遺産分割は不可能です。
3-2. 相続財産の売却価格に関する嘘
遺産に含まれる不動産の売却を任された相続人が、実際の売却価格よりも低い金額を他の相続人に伝え、差額を自分のものにしてしまうケースがあります。
3-3. 生前贈与の隠匿
亡くなった被相続人から受けた生前贈与は、「特別受益」として遺産分割時に考慮する必要がありますが、相続人がこれを黙っていた場合、正確な遺産分割ができません。
3-4. 遺産の使い込みの隠匿
分割前の遺産は相続人全員の共有財産であるにもかかわらず、一部の相続人がその遺産を使い込んでしまうことがあります。この際、他の相続人から追及されると「被相続人のために使った」や「葬儀費用に充てた」などと嘘をつく場合が多いです。
4. 遺産分割の取り消しに関する重要な注意点
4-1. 善意無過失の第三者には取り消しを主張できない
錯誤や詐欺による意思表示の取り消しは、取り消し前にその利益に関与していた善意無過失の第三者に対しては主張できません(民法第95条第4項、96条第3項)。
たとえば、遺産分割によって相続人Aが取得した不動産Xを第三者Pに譲渡した場合、その後、他の相続人Bが遺産分割の意思表示を取り消しても、Pが取消の原因(錯誤や詐欺)について知らず、また知らなかったことに過失がない場合には、BはPに対して取り消しを主張することができません。この場合、不動産XはPのものとなります。
4-2. 取消権の消滅時効は5年
錯誤や詐欺を理由に遺産分割を取り消す権利(取消権)は、錯誤や詐欺の事実を知った時から5年で時効消滅します(民法第126条第1項)。また、遺産分割が行われてから20年が経過した場合も、取消権は時効によって消滅します(同条第2項)。
取消権の消滅時効が完成すると、錯誤や詐欺による取り消しができなくなるため、遺産分割で不正を感じた場合は、早めに弁護士に相談することをおすすめします。
4-3. 「納得できない」だけでは取り消しの理由として不十分
遺産分割の取り消しは、錯誤や詐欺に該当する場合に限られます。「納得できない」だけの理由では、取り消しは認められないので注意が必要です。
たとえば、「内容を十分に確認せずに署名・押印した」「一度は同意したが、後になって考えが変わった」といった場合では、取り消しが認められる可能性は低いです。
4-4. 「追認」に注意する
仮に錯誤や詐欺があった場合でも、遺産分割を「追認」してしまうと、取消権を行使することはできなくなります(民法第122条)。「追認」とは、取り消しが可能な意思表示を取り消さず、そのまま有効であると認めることを意味します。
明示的な追認をしなくても、たとえば、他の相続人の嘘を知った後に、遺産分割で受け取るべき遺産の引き渡しを要求したり、取得した遺産を第三者に譲渡した場合などは、「法定追認」として扱われ、取消権を行使できなくなる場合があります(民法第125条)。この点にもご注意ください。
5. 遺産分割の意思表示を取り消す方法
遺産分割を取り消すには、他の相続人や包括受遺者全員に対して、取り消しの意思を明確に伝える必要があります。証拠を残すためには、内容証明郵便で通知するのが一般的です。
もし他の相続人や包括受遺者が取り消しや遺産分割のやり直しに応じない場合は、裁判所に「遺産分割無効確認訴訟」を提起して争うことになります。この訴訟では、錯誤や詐欺の原因となる事実(騙された際の相手の言動など)を証拠によって立証する必要があります。
遺産分割協議の議事録や関連するメッセージなどがあれば、証拠として保存しておくことが重要です。
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6. 遺産分割で「騙された」と感じたら、弁護士に相談を
遺産分割に同意した後で、相続財産を隠されていたり、売却価格が不正確であったことに気づいた場合、錯誤や詐欺を理由に取り消しを主張することが可能です。しかし、一度締結された遺産分割協議書を取り消すのは簡単ではありません。
取り消しを行うためには、「法律上取り消しが可能な状況か」「取消権の存在を立証する証拠があるか」「どのように主張すれば相手が納得するか」など、複数の視点から慎重に検討する必要があります。
また、取り消しに納得しない相続人や包括受遺者がいる場合には、訴訟で争わなければならないこともあります。そのため、遺産分割の取り消しが必要だと感じたら、早めに弁護士に相談することをおすすめします。弁護士からは、取消権が認められる可能性や、再協議や訴訟の見通しについてアドバイスを受けることができます。
弁護士を通じて取り消しの意思を示すことで、相手が遺産分割の取り消しややり直しを受け入れる可能性も高まります。
「騙された」「納得がいかない」と一人で悩むだけでは解決しないことも多いので、まずは弁護士に相談してみてください。